千代田区の歴史

千代田区の町

三番町

皇居北の丸の西側に位置し、町の一角が千鳥が淵に食い込む形になっている。寛永年間に塙保己一が和学諦談所を、後に大村益次郎が蘭学の学問所を、また三島中洲が漢学の学問所をここに開講し、江戸の一大文教地区になった。いまも二松学舎大学、大妻女子大学など伝統ある大学のキャンパスがあり、文教の気風が継承されている。明治時代以降、永井荷風、国木田独歩、与謝野鉄幹など多くの文人も住んだ。東郷平八郎元帥も長くこの町に暮らし、住居跡は東郷公園になっている。公園周辺やローマ法王庁大使館周辺には、ツタの絡まる塀、石畳、レトロな洋館、木々の枝が覆い被さる路地など、そこはかとなく明治の香りが残る。区立九段小学校もアーチ窓がある白亜の洋館で、懐かしい風景だ。

一番町

皇居の真西、半蔵溌に面する。半蔵濠南の半蔵門は江戸城の裏門で非常口の役をした。一番町は江戸城西側の守りを固めた旗本たちが住み、明治時代以降は華族の町になった。武家屋敷の石垣がいまも随所に残る。空間を多くとって建てられたハイグレードなマンションが並び、ビル風や騒音もない、都心とは思えない静けさ。半蔵漂越しに皇居の四季の彩りを借景として目にできることは、この町の最大の魅力だ。内堀通り沿いに建つイギリス大使館は重厚な西洋建築で、一番町の気高さを象徴している。淵則の舗道には一つも信号がなく、ノンストップで皇居一周(約5km)できる絶好のジョギングコース・作家の武者小路実篇、作曲家の滝廉太郎、山田耕搾が住み、山田は「千代田区歌」を作曲した

This entry was posted on 火曜日, 8月 9th, 2011 at 4:43 PM and is filed under .

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